【ぶんか】二十二番札所「総持寺」に 行こう
2022/04/13
N2
総持寺の 観音像は 亀の背中に 乗っています
お寺の歴史
中納言であった 藤原山蔭が、 長谷寺の 観音の 化身であると 言われていた 仏師に、 観音像を 作るよう 依頼しました。
中納言とは 今でいう 閣僚のように 国の中でも 高い地位の 役職のことです。
886年に 亀の 背中に 乗った 観音像が 完成しました。 そして、お堂を建てて お祀りを しました。
「山蔭」は お寺の 完成前の 888年に 亡くなりました。890年に「山蔭」の 子どもたちが 五重塔や 金堂など 総持寺の 伽藍(お寺の建物)を 完成させました。
なぜ 観音が 亀の背に 乗っているのか?
亀を 助け、亀に 助けられる
「山蔭」の父である 藤原高房が 九州の 太宰府に 赴任するため 淀川を 下っていた 時の ことです。
漁師たちが 一匹の 大きな亀を 捕まえていたようです。 そこで、「高房」は 自分の 着物と 亀を 交換して、 大亀を助け、 川に 放してやりました。
その夜、「高房」の子供である「山蔭」が、 川に 落ちてしまいました。
「高房」は 常日頃から 信仰していた 観音に、 一生懸命 お願いをしました。
すると、川の中から その日に 助けた 大亀が あらわれ、 元気な「山蔭」を 背に乗せて いた とのことです。
観音の 製作
「高房」は 「山蔭」が 大亀に 助けられたこともあり、 観音に お礼をしようと 思い立ちました。
「高房」は 大宰府に 赴任したときに 唐へ 行く予定の 遣唐使に、 観音像の 材料となる 香木の 調達を 依頼します。
遣唐使は 香木を 見つけることは できましたが、唐からの 持ち出しは 認められませんでした。
遣唐使は 仕方なく 香木に 「日本の高房宛」と書いて、 海に 流しました。
その後、「高房」は 亡くなり、 「山蔭」が 大宰府に 赴任しました。
ある日、 浜辺に「高房宛」と書かれた 香木が 流れ着いて いました。「山蔭」は その香木で 観音像を 作ることに 決めました。
任期を 終えて、都に 戻った「山蔭」は、 奈良の 長谷寺から 一歩も外に出ずに 仏師を 探すことにしました。
ある朝、観音の お告げにより 子どもの 姿をした 仏師に 巡り合います。その香木で 観音像を 作ることを 依頼します。
仏師は「仏像を 彫刻する 千日間は、 誰も この堂に入らないこと。また、「山蔭」自身が 毎日 仏師の 食事を 作ること」と言いました。
山蔭は 千日間 毎日 ちがう料理を 作り続けました。 千日目の 朝に お堂に 入ってみると、 千日間の 食事を お供えされた 観音像が、 亀の背に 乗った姿で、出来上がっていた とのことです。
総持寺は 日本古来の 伝統のある「山蔭流包丁式」の お寺
包丁式 と 藤原山蔭
包丁式とは、昔 宴席で その家の主が 来客の 前で 座敷に まな板を 置き、料理を 見せたことに 由来しています。
「山蔭」は 「山蔭の千日料理」とも言われ、 千日間 毎日 ちがう料理を 作ることができた 料理の名人 でした。
「山蔭」は 元々 天皇に 仕える 公卿 でした。 当時の 天皇であった 光孝天皇の 命令で 新しい 包丁式を 作りました。
現在は、「四条流」と 呼ばれる 流派です。 当時は、 「山蔭」が始めたことから 「山蔭流包丁式」と 名付けられました。
包丁殿 と 包丁式
総持寺の 中に 包丁殿 という 建物があります。 そこで、毎年 4月18日に 包丁式が 行われます。
包丁式には 全国の 包丁師(調理師)が 集まります。
(写真は 千葉県の 高家神社の 包丁式の 様子です)
昔と 同じ 衣装を 着て、 鯉や 鯛などの 魚を 一切 手で 触らずに 包丁と 真魚箸 という 長い箸を 使って、 見事な 包丁さばき を見せます。
お寺の 中で 魚を 料理してくれるのは 珍しいですが、「山蔭流」を 始めたのが 総持寺の 開祖の 「山蔭」だったから でしょう。
また、境内には 「包丁塚」という 建物が あります。 使えなくなった 包丁を 供養する 場所です。
西国御砂踏み
本尊の 観音像は 秘仏と されています。
普段は 見ることが できません。
毎年 4月15日から21日の間だけ 「本尊様ご開扉」として 扉が 開けられます。
その期間に 合わせて「西国御砂踏み」が 開かれます。 西国三十三所の 観音像の 絵が 壁に かけられます。
観音像の 前には、 それぞれの 札所の 砂が おかれています。この砂の 上を 歩いて 回れば 三十三所巡礼に なる ということです。
また、「御砂踏み」とは 別に、本堂の 北側の 堂に 三十三所の 石造りの 観音像が おかれ、いつでも 三十三所巡礼が 体験できます。
また、このお堂には「四国八十八箇所」もあります。
総持寺の 中だけで 一度に 「西国」と「四国」の 巡礼が 体験できます。
ただし、足元に 各札所の 御砂は 置かれていません。
体験する 場所だと 考える方が いいかもしれません。
総持寺への行き方
京都から
・JR 京都線 京都駅~JR総持寺駅 23分 徒歩5分
・阪急 京都線 京都河原町駅~総持寺駅 27分 徒歩6分
大阪から
・JR 京都線 大阪駅~JR総持寺駅 20分 徒歩5分
・阪急 京都線 大阪梅田駅~総持寺駅 20分 徒歩6分